湯立神事

湯立神事

八幡神社の湯立は、元和7年(1621)妻木の領主、妻木家頼が江戸城書院の屋根瓦の製造を江戸幕府より命ぜられ、家頼は八幡神社に成就を祈願し、見事に焼き上がったお礼として湯立を行った事が最も古い記録です。

平成27年、145年ぶりに復活

湯立は大釜で湯をわかし、その熱湯を参拝者にふりかける儀式をいいます。八幡神社の湯立は、元和7年(1621)妻木の領主、妻木家頼が江戸城書院の屋根瓦の製造を江戸幕府より命ぜられ、家頼は八幡神社に成就を祈願し、見事に焼き上がったお礼として湯立を行った事が最も古い記録です。古文書には「来年正五九月 御湯立進上」と記されています。

湯立面は、正保5年(1648)8月に妻木の陶祖・加藤太郎右衛門景重によって湯立に使用する湯立面「火の王 水の王」が寄進されました。面は和紙を重ね張りした張り子の面で軽量に作られており、この面を付けた火の王(赤色の面)と、水の王(青色の面)が大釜の周囲を舞うことで湯が生まれ、その湯を浴びると神徳があるといいます。正保5年に作られた湯立面「火の王 水の王」は土岐市指定文化財です。

また宝暦元年(1751)には、湯釜が寄進された古文書も残されており、明治時代まで続けられていたことがわかります。当時行われていた神事のようすは「八幡宮年内之御神事例式記」という古文書に記されています。

しかし、明治元年(1868)に江戸幕府から明治政府へと時代が大きく変わり、神社で行われていた神事にも大きな影響を受けました。明治3年流鏑馬や湯立神事は中止されました。流鏑馬は明治14年に復活しましたが、湯立神事は行われませんでした。

長年の懸案であった「湯立」復活を期して、平成26年に神事を再興し、今年は面を新たに製作し湯立神事を完全復活することにしました。